TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/08/28

第105話(全130話)

夜間飛行(2/2)




「ケダック!」
 マリカが叫ぶ。
 マリカとピートのやりとりを黙って聞いていたフィンフィンが飛ぶスピードを上げて、ケン
プのとなりに並んだ。
〈ケンプ! 追われてるよ、逃げなきゃッ〉
 言われてケンプはチラリと後ろを振り返った。けれどそれ以上のスピードはどうやら上げら
れないようだ。ケンプはすでに自分の持てる力の限界で飛翔を続けていたらしい。どんなに気
高く雄々しく振る舞おうとも、ケンプはまだほんの赤ん坊にすぎなかった。
 ケンプがただはばたき続ける以上のことがもはや出来ないのがわかって、フィンフィンはマ
リカを振り返る。
〈海に降りよう。波が荒れ気味だから、うまくすれば波間に隠れられるかも〉
〈それしかなさそうね〉
 マリカがうなずく。チームのリーダーとしての表情に戻っていた。無限の旅への不安も、マ
スターの聞き捨てならない言葉への不審も、一瞬にしてマリカの表情から吹っ飛んでいた。
 フィンフィンはケンプに目を戻す。
〈海に降りよう、海の上なら、ぼくが少しきみを休ませてあげられる〉
 同情されたり気遣ってもらったりするのはドラゴン族には侮辱以外の何者でもなかった。け
れど、自分が逃がしてあげると決めた姫君を、むざむざ敵に奪い返されるのは、もっとプライ
ドが許さない。ケンプは赤ん坊には似合わない仏頂面でうなずいた。フィンフィンの顔を仕方
ないから立ててやるか、といった大人の余裕を滲ませようとしているらしいけれど、それはた
だ子供がむくれているようにしか見えない。
 ケンプは見えない風のロープで縛ったマリカとマスターとワーターを上空に靡かせるように
しながら、急速に海面へと向けて降下して行く。フィンフィンがその横に並ぶ。フィンフィン
の背中にしがみついているパピロは、しがみついている指が疲れて力が入らないのに、無茶な
曲芸はやめてよ、と抗議していた。いつものようにパピロの抗議は誰からも無視された。
 前方で急降下をはじめたマリカたちを見て、ケダックたちもトライポッドを急降下させよう
とする。けれどその機械は戦闘用に開発されたものではないから、素早い動きや迅速な方向転
換など出来ない。トライポッドは非常用救命ボート代わりに開発された機械で、どんな条件下
でも乗っている人間の居住環境を快適に維持するよう工夫されている。そういう乗り物に急旋
回だの急上昇だの急降下だのといった機能は必要じゃなかった。だから、むしろそういう乗り
物でマリカたちを追跡してくるのが間違いだ。逃げた以上は簡単に捕まるつもりはないのは明
らかなのだから。なのに追手たちがどうしてこのトライポッドでマリカたちを追跡することに
したのかと言えば、姫に逃げられたのは間違いなく「非常事態」なのだから、当然「非常用」
トライポッドを発進させるべきだと考えた結果らしい。そんなふうに短絡してしまうほど、ケ
ベックたちは呑気に暮らしている人々だった。科学の恩恵を受けて、日がな一日新しい科学技
術の開発に取り組んでいる、彼らはそんな学究肌の世間知らずたちだった。それでも命令され
たことは忠実に遂行しようとする彼らは、懸命にマリカたちを追いかけて行く。捕まえろ。だ
が傷つけるな。戻ってくれるようお願いしろ。それが命令だったから、追手たちにしても「そ
れじゃいったいどうすればいいのだ」という迷いがある。迷いがあるから、下手に挑発するわ
けにもいかず、ただもう必死に逃げる姫君をひたすら追いかける、ということしか出来ない。
 ケンプは波間ぎりぎりの海面上を飛んでゆく。引っ張られているマリカとマスターの体に、
ドラゴンの羽ばたきで跳ね上がった飛沫が降り掛かった。フィンフィンは空から急降下したま
ま、パピロの抗議など耳に入らない様子でいったん海面下へと体を潜らせた。そのまま猛スピ
ードで海面に浮かび上がると、ケンプの真下に自分の体がくるように泳いで行く。
〈ぼくの背中に乗って! こっから先はぼくがマリカたちを引っ張る。ケンプ、きみは休むん
だ!〉
 フィンフィンが命じた。ケンプは余計なお世話とばかりにしばらく飛び続けたが、眼前で盛
り上がった波が頭上で崩れると同時に、否応なしにフィンフィンの背中へと落下した。その反
動でマリカとマスターも海面に叩きつけられる。彼らの上にも波が崩れ落ちる。
 上空から見ると、空から失速したマリカたちが海に飲まれたように見えた。追手たちはうろ
たえた。マリカ姫に逃げられた、というのならまだしも、追跡を逃れようとした姫を溺れさせ
てしまった、となったら事はただではすまない。自分たちが上官から叱責されるのは当然だが
、それよりも外交問題に発展する。たとえほかの国といっさいの外交を持っていないテオの鎖
国ケダックだとしても、よその国の姫君を無下に扱ったとなれば、知らん顔などしていられる
わけはない。
「たいへんだ」
 追手のひとりがうめくように言った。彼は気分が悪くなってきた。このような緊急事態に冷
静に対処できるほど、兵士としての訓練など受けてはいなかった。
「どうする」
 別のトライポッドからやはり気分が悪そうな声で仲間が訊いてくる。
「どうするもこうするも、とにかく捜すんだ。姫を救出しろ!」
 悲鳴のように叫んで彼はトライポッドを海へと着水させる。ガラスのピラミッドから四方の
海を眺め渡し、姫の赤い髪が波間に揺れていてくれることを祈って、目を凝らした。
 けれどどこにもそれらしい影は見えない。逆巻く波がトライポッドまでも飲み込もうとする
かのように波頭を蹴立てて四方から押し寄せてくる。トライポッドの中は安全だとわかってい
ても、兵士たちはそれぞれに「わ」と頭を抱えてうずくまった。
 波は荒れていた。まるでそうするのが自分に与えられた役目だと言わんばかりに、波は大き
く盛り上がっては崩れ、轟くような咆哮を上げている。
 世界の怒りを一心に浴びているように兵士たちは感じた。何かこの世の掟に反することをし
ているのだと、確信を持ってそう思った。マリカたちを追ったのがそもそもの間違いだし、だ
から追跡用にはふさわしくないトライポッドなんかに乗り込んでしまったんだ。そう思った。
 それでも、マリカたちを捜す努力だけは続けなければならない。このまま彼女を海の藻屑と
してはならない。それこそこの世の掟に反する。
 トライポッドは荒れる波を乗り越えるようにして海上を移動する。夜の闇に閉ざされた海に
サーチライトの閃光が灯った。光の帯に浮かび上がるのは、けれど何やら怪物じみた波の山だ
けだ。時折光に夜光虫たちが妖精の粉のようにきらめいた。マリカの姿はどこにも見えない。
「たいへんだ」
 もう一度呟く声がトライポッドの中で聞こえた。
 星空が、マリカの消えた海を、静かに見下ろしていた・・。

(つづく)




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